多様性が生まれている空間には、いつだってどんな時でも足りないものを補い合う、そんな“助け合い”が存在しているんだぜ。


やいやい、長いあいだ62記事、全ての記事のリライトに追われていたこうへいだぜ。すごく大変だったんだぜ。

いやー、まじでマジ卍。(←使い方あってるんかな、、笑)

でも、おかげで書くスキルがレベルアップして、またこうして

伝えたかった新しい声をまたいっぱい届けられることに、ワクワクちょるよ〜!

そんなこんなで、じゃ、今日はどんなことを届けようか考えててね。

3日前かな?あれ、4日前かも、、まぁいーや!

こんなNOTEを読んだ!!!👇

幸福度ランキング上位国 デンマークに見る「越境力」


なんでか、NOTEのリンクを埋め込めなかった、、、
なのでツイッターか、タイトルにリンクつけたので、気になる方は
そこから記事へと飛んでくださいまし!


それと、僕とこのNOTEのライター、りささんのツイッターの

コメントもりささんのNOTEの中身の参考で置いとくね。ポイッ。



このNOTEで、重要になってくるのはこのワード、“多様性”


みなさん、多様性ってどんな空間で生まれるかご存知???

このNOTEを読むまでは、僕はこれといった考えがなかったんですが、

このりささんのNOTEを読んで、「はっ!!!!!!」となって

ばーっと自分の閃いたことを書いていったら、自分の考えがまとまったので

今日はそれを、シェアしちゃうね〜。それじゃあ、よーい ドンッ!!!


どんな空間で、多様性って生まれるん?


多様性、、、

多様性とは、幅広く性質(文化、人種、国籍、ジェンダー、価値観)が違うグループが形成されること。

https://ja.wikipedia.org/wiki/多様性


どんな空間で、多様性とやらは生まれるのか。それは、こんな空間。









助け合いが発生している空間











どうしてなのか。助け合いとは文字通り、

お互いの長所を使って、双方の短所を助けあっているということ

言い換えると、足りないものをお互いに補い合っているということ。

この共依存している状況は、それぞれの違いを認め合える

お互いの違い、つまり多様性を認め合っている状況。

互いの多様性でメリットを生んでるわけなので


みんな違っていい、多様性があっていいという共通認識が自然にそれぞれの間で、生まれてきます


そのメリットの質によっては、単なる認め合いから尊敬できあう関係にもできる。


じゃーさ。
メリットをギブできる関係じゃなかったら多様性が発生することはないということ?


お互いにメリットがないと、多様性はむずかしい?!


うーん。いいポイント。。。

正直なところ、厳しいんやないかというのが僕の意見です。

現実的に、考えて多様性が成り立っている国では、

多様性がどんなメリットを、その地域に与えているのかが理解されている

たとえ、互いにギブしてるメリットのバランスがある程度とれてるような国です

ドイツ、イギリス、アメリカのような一部の地域では

双方の長所で、短所を補い合う関係性がうまくとれてなくて

地元の人々との摩擦や衝突が起きているのが現実。。。


実はこれ日本でも起きていて、人ごとじゃない、、、


日本のいったいどこなのか。

あの日本でも有数の観光都市………Kyoto

観光客が増えて、最初はハッピーハッピー。じゃんじゃん、おいでやす〜。

みたいなウェルカムムード。

でも、今では増えすぎていろんなところで、摩擦が起き始めてる

互いのメリットが最大限に生きるような距離感でないと、どうしても

最初は、美しく視えていた相手の長所も、近すぎると悪いところばかりに

目がいってしまうようになってしまうのが、悲しい現実。


多様性、、、むずかしい。。。



最後に一言


多様性、やはり違いを認め合うのは一筋縄ではいかない。

少子化で人口減少。それによる、外国人労働者、留学生の増加

それでけじゃなく、LGBTのジェンダーの多様化も

より多くの人のニーズに合わせた社会を作るために

固定概念の強い日本は、これからこの多様性の在り方に頭を抱えることになる

いや、もうすでに抱え込んでしまっているというべきかもしれない


どんな組み合わせを行えば、お互いが持ってないものを補い合えるような
そんな関係ができるのか、相性を慎重に考えていく必要があるね


お互いに認め合える。そんな空間をこれから僕たちで作っていかなければならない

多くの海外の国で起きている、人種問題や移民問題は、

日本人にとって、今までご飯を食べながら見ていたテレビニュースで流れる

どこか知らない場所で起きている絵空事の問題ではもはやない。

という意識をそろそろ持たなければならない。

僕たち、日本人も海外の移民問題の当事者であるという、認識を持つべき時代が

もうすでに来ている。間も無く、日本人は今まで対峙してこなかった、

多様性の在り方に向き合わなければならなくなるだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です